教林坊 四季だより −錦秋−

「見頃を迎えたよ」と住職から連絡を受けた2日後、開門前の教林坊を訪ねた。石段を登り本堂の屋根と庭の紅葉が見えてくると、思わず歓声をあげてしまう。山内にある楓たちは、数日前に訪れたときとはまるで別の樹木のように、深い深い紅をまとっていた。
もう何回も見ている風景なのに、見るたびに胸が高鳴るのはどうしてだろう。空をふさぐように紅葉が折り重なり天蓋となって、境内を紅の影に染めている。吸い込む息までが紅い。

昨日の雨で、足元にはたくさんの葉も落ちている。あまりにきれいで、踏んでしまわないようにつま先で歩いた。斜めから差し込む朝の光が紅葉を輝かせる。おなじ庭にある楓なのに、深紅から橙や黄色を帯びた朱色まで、樹木ごとに個性がある。若い木と老いた木もきっと色合いは変わるだろう。山の湧き水なのか、寒暖の差なのか、何が作用するのかまでは分からないけれど、教林坊の紅葉は深くみずみずしいと思う。凄みさえ感じるほどに。

8時30分の開門で訪れてきた見学者は、たった一人。平日の早い時間ならゆっくりと静かにこの世界に浸れる。参拝客はだんだんと増えてきて、10時頃には賑やかな紅葉時の教林坊になっていた。本堂で住職と話をしていると、登ってきた参拝者の歓声が聞こえてくる。そう、さっきわたしが声をあげたのと同じ場所からだ。「いつも皆さんの喜んでおられる声が聞こえているんだよ」と、住職が微笑んだ。この時期、教林坊は夜のライトアップも行なっている。朝から夜まで連日大勢のお客様を迎えるのは体力的にも大変だが、参拝者がこうして喜んでくださることが住職夫婦の元気の素になっているのだ。

大勢の人が訪れていても、境内は不思議と静かだ。誰もが自然が作り出す美しい奇跡に言葉を失い、ただ見惚れている。新緑の頃の輝くような美しさも大好きだけど、この時期の教林坊はやはり特別だ。再興したてでまだあまり知られていなかった頃、人のいない書院に座ってしんしんと降り落ちる紅葉をずっと眺めていたことを思い出した。耳が痛くなりそうなほど静かな世界に、音も無く次々に降る葉がまるで紅いぼたん雪のようだった。

2日後の夜に強い雨風があり、紅葉はほとんど散ってしまったという。今年の絶頂期は5日間だったことになる。儚いのは桜だけじゃない、紅葉もまた…。だからこそ、一期一会の風景がいつまでも心に残るのだ。

3:5教林坊もみじ

2016-11-01 | Posted in コラムNo Comments » 

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