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孫橋手芸部のこと

このたび友人の手芸家おおたまきこさん&アダチセイコさんと
孫橋手芸部という手芸ユニットを立ち上げました。
名前の「孫橋」は、活動の拠点につかわせてもらう
いとへんuniverseのスタジオの住所です。
じじむさい感じが気に入っています^^

毎日バタバタと仕事に流されて趣味の手芸ができなことに嫌気がさしてきまして
「そうや、手芸部つくったら友達にも会えるし、わたしも手芸ができる。
スタジオでワークショップをすれば、お客様にいとへんuniverseのことも知ってもらえるし
尊敬する手芸家の友人の活動も応援できる
三方よし、万々歳やん〜!!」
と、思いついたわけです。

そして本日、初のワークショップを開催。
南米ウルグアイの糸・マラブリゴを使い
小花柄のスヌードを編みました。

マラブリゴ/白須

 

11:16WS

 

結果は予想以上の幸せでした。

懐かしい友人と再会できたり
初めましての方にいとへんを知ってもらえたり。
手芸以外に嬉しいことがたくさん。

参加者の方々に楽しかったといってもらい
やってよかったなあ、としみじみしています。

先生を担当してくれたまきこさん、お疲れさまでした。
メンバーのセイコさん
参加者のみなさま
ありがとうございました!

2017-11-16 | Posted in てしごとComments Closed 

 

大学の授業に挑戦

先週金曜に、京都女子大学の前崎先生にお声かけいただき
授業でゲストスピーカーをいたしました。

テーマは「知られざる西陣絣といとへんuniverseの活動」です。

学生さんたちにとっては
「西陣絣? いとへんuniverse?? なんだそりゃ???」
って感じですよね(笑)

なんと受講生は250人!
生まれて初めてパワーポイントもつくりました。

90分も話せるのかと心配してましたが
意外にいけるものですね。
はしょってはしょって、質問時間をキープすることができました。

この秋、わたし的には一番の挑戦仕事でした。
取材でたくさん大学に伺っていて本当よかった。
大学という場所が親しみある場所になり
そんなに緊張しなくてすみました。

終わってから学生さんたちが布を見に来てくれて
「可愛い!」「買いたい!」と言ってくれてとても嬉しかったです。
伝統工芸とはいえ、現代の暮らしで使ってもらえる布でありたいと思っていますので
若い人にときめいてもらえるというのは、勇気がいただけます。

講義の最後に一番言いたかったことをお伝えしました。

安くて便利なものは大事だしわたしも愛用するけれど
その一方で、世の中には手をかけ時間をかけた素晴らしいものがある。

自覚的にチープファッションを楽しむのと
それしかしらないのは全く違うということ。

たくさん見て、たくさん触って目を肥やしてほしい。
そして背景や歴史にも興味を持ってほしい。

わたしたちはつくり手ではないし「選ぶ」しかできないけど
その選ぶということが実は文化を守ることにつながるのだと。

それって現代の教養だとわたしは思うんです。

なのでたくさん良いものを見て目を養い
センスと教養あるお買い物ができる
すてきな女性になってください

とお話ししました。

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(後日談)
その後、モデル撮影で使った
けっこうクオリティの高いGUの帽子が400円弱だったことがわかり
衝撃を受けております。
安くて1000円くらいかと思ってました。

わたしもまだまだ修業が足りません。
てか、GUすごすぎる。。。

 

2017-11-03 | Posted in いとへんuniverseComments Closed 

 

面白きかな、活版印刷の世界

またまた久しぶりの更新です。
久しぶりすぎて、自分のサイトの管理ページの入り方を忘れておりました。
サイトを立ち上げたときのノートを探し出し
見直して何とか開けることができました。
少々落ち込んでおります……。

前回の更新が去年の12月……もう半年近くが経っています。
今年に入って自分が何をしていたのかよく覚えておりませんが
相も変わらず仕事といとへんuniverseの活動で
走り続けていたのは間違いありません。
他には何もやっていない、家事さえボロボロといった状態です。
(あ、1月にラオスに旅してきました!)

そんな感じで今年に入ってからせっせと活動している仕事のひとつに
活版印刷研究所というサイトで連載させていただいている
クリエイターさんの取材があります。

https://letterpresslabo.com/author/miki-shirasu/

1回目が、京都の「りてん堂」さん
2〜4回目は、大阪の「河童堂」さん、「大枝活版室」さん、「桜ノ宮活版倉庫」さん。

どこもデザイナーさんやディレクターさんたちが
工房内の古い機械で
自分たちで刷るところまでやっておられます。

始める頃はミーハーに「活版印刷って素敵だな〜、お洒落だな〜」
ぐらいの認識だったのですが
取材させていただくと、これがホントに面白くて。

まず、取材した皆さんが素敵な方々で
活動内容もご本人たちのキャラクターもバラバラで個性的。
しかも見せてもらう作品や制作物はどれも心ときめくものばかりで
すっかりはまっております。

さらにいえば、皆さん工房もお洒落なんです。
例えば写真を紹介できるところでご紹介しますと
大枝活版室さんは、女性デザイナーさんなので
工房内のインテリアがめちゃくちゃわたし好みで、とても素敵でした。
古い工場を自分たちで改装されたんですよー
ベテラン印刷工の男性と息をあわせてものづくりされている
協働のありようがまた美しくて、感激しました。

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桜ノ宮活版倉庫さんの工房も
カッコよくて温かみがあって素敵でした。
床などは自分たちで塗ったそうです。
この取材の時はカメラマンさんがオフショットを撮ってくれました。
手前に2台並んでいるのが
手動の活版印刷機で「テキン」といいます。
奥にある書棚みたいなのは活字が並んでいた「馬」という棚を再利用したもの。

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んー素晴らしい!
(それに比べて、われわれ「いとへんuniverse」の工房は
まだまだお洒落感が足らんなあ……
とはいえ、うちは共同スペースだから自分1人でどうこうできないのですが)

そして……
やはり何がいいって、レトロな活版印刷機がいいのです。
機械なんだけど仕組みがシンプルで
道具の延長のような存在。
人と機械があうんの呼吸で印刷している感じがする。

活版印刷機にも電動のものと手動のものがあります。
織機と同じですね。
わたしは手動のテキンを見るといつも
いとへんuniverse工房に置いてある手織り機を思い出します。

電動にしろ手動にしろ
人と機械、人と道具の息があってつくれらたものには
どこか温かみが残りますし
不思議と、つくる人の個性がにじんでくる。
それが、活版印刷や手織りの魅力だなあ…、と思います。

時代の流れのなかで消えそうになっている
だけどとてつもなく魅力的なものづくり。

それらを伝える仕事をさせてもらえて
幸せなことだなあ……
と、しみじみ思っています。

2017-04-29 | Posted in おしごとComments Closed 

 

本屋さんに並んでいます

一章だけ担当した雑誌
『別冊太陽』が発売になっています。

駆け出しの頃に「将来書きたい!」と思っていた憧れの雑誌で
ずっと「いつかお会いしたい」と願っていた
憧れの方の取材ができました。
(千家十職の中村宗哲先生です)

時間が経ちすぎて、『太陽』は休刊となって『別冊太陽』のみの発行となり
宗哲先生はお母様から当代へと変わられましたが
それでも……
いやそれだからこそ……
感激です!!!

声かけてくださった先輩ライター・編集者の合力さんに
心から感謝いたします。

合力さんは、初心者のわたしにライターのいろはと
取材のやり方を教えてくださった方。
そんな先輩と一緒に『別冊太陽』の誌面に
名前を並べることができたのも
感慨深いことでした。

ながーく仕事やってると
ときどきこういうご褒美みたいな出来事がありますね。
本当に感謝、感謝です。
ありがとうございました。

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2016-12-03 | Posted in おしごとComments Closed 

 

新たな拠点へ

昨日、11月19日にいとへんuniverseの工房を引っ越ししました。

前の工房は烏丸五条近くにあり
昨年秋に挑戦したクラウドファンディングで集めた資金で
昨年末に入居したばかりでした。

とても気に入っていたのですが
一年をたたずに引っ越すこととなりました。
大家さんが売却されて、立ち退きすることになったのです。

わたしたちの工房は露地奥にある一軒家でしたが
表通りにある町家も、露地奥の長屋もぜんぶ壊されて
まとまった更地になるようです。
きっとホテルやマンションが建つことになるのでしょう。

円安になってから外国人観光客の数が増えたのもあり
オリンピックを前に京都はあちこちで開発が進んでいるようで
わたしたちもそのあおりを食った形です。

そこで仕方無く、新しい工房を探しましたが
良いところを見つけることができました。

次は、京阪三条からすぐの立地で
またもや露地奥の一軒家です。

レトロな窓や石づくりの外観などが雰囲気よく
広さも十分、収納も充実しており、一目惚れで即決しました。

なかなか鍵の受けわたしができず
ほとんどのメンバーは引っ越し当日に家を見たのですが
みんなものすごく気に入ってくれています。

まわりはとても賑やかな街なのに
一歩路地に入るととても静かで
すごく落ち着ける空間です。

前は家の不要品を持ち寄ってやりくりしてたので
「実家」と呼ばれたり
若い人には「おばあちゃんちみたい」といわれる
ほっこり庶民派空間でしたが
今度のところは
リーダーがクリエイターの拠点っぽくしたいようで
インテリアにもこだわっていくことになりそうです。
さてさて、どうなることやら。

そして、ここをベースに人が集まり、ものづくりが行われていくでしょう。
わたしも前と同じように事務所としてシェアさせてもらい
ここで原稿を書いて、メンバーといとへんのものづくりをしていきます。

 

実はいとへんでは今、4つのイベント企画が進んでいて大わらわなんです。
本業の仕事のかたわらにこなすにはボリュームがありすぎて
正直引っ越しのことはみんな寸前まで考える余裕さえない状態でした。

そして引っ越し数日前に
「そういえば去年
クラウドファンディングに挑戦したのって
これくらいの日じゃなかったかな?」
と気づいて調べたところ、なんとびっくり。
去年クラウドファンディングをスタートしたのは
ちょうど一年前の11月19日でした。

当時はまだ製品も2つ目ができたばかり。
拠点もないためロイヤルホストで6時間打ち合せして
クラウドファンディングの詳細を決めていました。

それが1年後には、2軒目に引っ越しとは……!!!
なんかもう嵐のような追い風にびゅうびゅう吹かれて
対応するのに必死な感じですが……
ご縁を大事にしながらも
忙しさに紛れて「大事なこと」を見失わないように
やっていきたいです。

それは「つくること」と「つたえること」で
西陣絣と手織物の文化をつなぐこと。
すべての職人、クリエイターと恊働し
使ってくださる方、販売してくださる方とつながっていくこと。

そのためには
「魅力的なものをつくり、魅力的につたえること」
がすべての源泉です。

新しい拠点の町名は孫橋町なので、新たな拠点は
「孫橋スタジオ」
と名づけられました。
どうかここから、たくさんの素晴らしいクリエイションが生まれますように。

そして個人としては
いとへんで魅力的に伝えることを掘り下げつつ
自分自身の物書きの活動を着実にやりたいと思っています。
自由に、ストイックに
しっかり駆け抜けていきたいと思います。

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2016-11-21 | Posted in いとへんuniverseComments Closed 

 

本ができました

制作をお手伝いした本
『つなぐ心、つなぐ技。−朝日焼の四百年』
が完成しました。
いよいよ本屋さんの店頭に並ぶそうです。

宇治には400年伝わる朝日焼という窯元があり
代々、宇治川が運んだ地元の土をつかい、登り窯で作陶しておられます。
初代が小堀遠州とゆかり深かったため
遠州七窯のうちのひとつに数えられている古窯です。
この本は、そんなやきものの家に生まれ、作陶に人生をかけた15世豊斎先生の随筆集です。

本の巻頭には写真家の吉田亮人さんが撮った先生の写真が並んでいます。
懐かしいお姿に嬉しくなって
「先生! 本ができましたよーー!」
と、写真の先生に向かって思わず声をかけました。

この本の仕事が始まったのは去年の5月。
先生のお話を聞いてわたしが草稿にまとめ
それをたたき台に先生が加筆や修正をされて
1年くらいかけて完成させよう
というスケジュールでした。

先生は癌を患っておられて、余命3年といわれており
将来生まれてくるお孫さんと一緒に仕事はできないので
「孫のためにこの本を残したい」と出版を決断されたのです。

ところが、仕事が始まって1ケ月後の6月に癌の転移がみつかりました。
そのとき先生からいただいた電話を、今でもよく覚えています。

先生はいつものように快活な声で切りだされました。
「このままやと11月までの命といわれたんや」
そして、あまりのショックで言葉を失っているわたしに
こう続けられました。
「1年かけてつくろうっていうてたけど、もう時間がない。
どうや、1ケ月半で進めることはできひんか?」

突然のお話にものすごく動揺しながらも
一方で胸打たれている自分がいました。
もう無理だから出版は諦めるよ、とおっしゃっても仕方のない状況にもかかわらず
決して諦めない先生の姿勢に、です。

単行本なので200ページは書かなければなりません。
先生が加筆修正するためにももう少し多いほうが良いでしょう。
他の仕事だってもちろん抱えているので
先生の要望はかなり無茶な内容でした。
それでもわたしは即答していました。
「先生、わたしはこのお仕事の責任の重大さを理解しているつもりです。
そこにもうひとつミッションが加わったわけですよね。
わかりました。精一杯頑張ってみます」

正直なところ電話の向こうの先生は相変わらずとてもお元気で快活で
まったく実感が持てなかったのも事実です。
癌の余命は人によっては外れることだってあるので
「そうはいっても先生はきっとあと何年も生きてくださるだろう」
と、そんなふうにたかを括っていた部分もあったかも知れません。

実はこの本はわたしにとっても大きなチャレンジでもありました。
今まで単行本といっても写真の多い実用書の仕事がほとんどで
すべてが文字で埋まった読み物を書くのは初めて。

そして、情けないことですが
やはり、なかなか予定通りには進みませんでした。

ふだんの仕事は長くても3000字程度の原稿量なのですが
それだと1ページ600字としても5ページにしかならない。
わたしはインタビューをまとめながら
今まで自分が取り組んでいたのがいわば「短距離走」
としての原稿書きだったことを痛感しました。
今取り組んでいるのは「長距離走」のようなもの。
似ているようで、全然違うのです。
本全体と章ごとの構成だけでも、身体も頭も相当に体力がいる。
毎日コツコツと同じペースでこなすことも必要になります。
村上春樹が何故マラソンをするのかが
分かる気がしました。

先生の本に集中するため
新しい仕事は極力入れないようにしましたが
それでもどうしても断れない仕事やレギュラーものは入ってきます。
この本も他の仕事もとにかくひたすら書くしかありませんので
ずっとパソコンに向かい続ける夏となりました。
徹夜で迎えた朝方にパソコンの電源が大きな音でショートして
デスクの前で悲鳴をあげたこともあったなあ……
途中で疲れてうたた寝してると先生が夢に出てきて
「どうや〜?」
と聞かれたことも……(飛び起きました!)。
このあたり、心理的にも体力的にも一番追い込まれていた頃のエピソード(笑)
何とも過酷な夏でした。

できた章から順次お送りして
結局すべてをお渡しできたのは、9月の上旬になりました。

お納めした頃の先生は
抗がん剤治療のかたわら、窯たき前の作陶に打ち込んでおられて
他にも京都陶磁器協会の理事長のお仕事があったり、お忙しそうでした。
そのあと体調が悪くなり入院したとベッドの上からお電話くださったのが10月半ば。
「ごめんな、しんどくてなかなかできひんのや」
「今は体調を戻されるのが一番大事なお仕事ですから
本のことはいったん忘れて療養してくださいね。
のんびりお待ちしてますから〜」
そんな風にかわした会話が最後となりました。

先生が旅立たれたと連絡をいただいたのは11月の下旬でした。
いらないプレッシャーをかけたらダメだと思い遠慮していたのですが
こんなことなら「体調どうですか?」とメールしたら良かった
お見舞いにいかせてもらったら良かった
と、後悔ばかりが先にたちます。

そして、約束を守れなかった自分の不甲斐なさに打ちのめされました。

約束通りに出せていたら
先生もまだお元気で修正や加筆作業に入れたかも知れません。
わたしの力不足で、間に合わなかった。
先生ごめんなさい。
とても悔しく情けなくて、たまりませんでした。

お通夜では、奥様と長男の佑典さんが
「最後まで気にしていましたよ。本は出しましょう」
とおっしゃってくださいました。
そして、実際に佑典さんが先生の代わりに、加筆と修正をしてくださり
この本が完成したのです。

正直いうと、わたしは「もう本にならなくてもいいな」
と思っていました。

この本をつくるにあたり
わたしは先生にたくさんの素晴らしいお話をうかがい
たくさんの気づきを得ました。
それはやきものづくりだけではなく
わたしの書くという営みにも等しく言えるようなことばかりで
学びの連続だったのです。
ものをつくること、技術をつないでいくということに関しては
いとへんuniverseの活動にも大きな影響を受けています。

わたしはやきものづくりを引き継ぐことはありませんが
先生の考え方や美学はしっかりと引き継いだと思います。
もうそれで充分すぎるくらいの成果をいただいている、
そんなふうに思っていました。

先生は文章にもこだわりがあり
美しい言葉をたくさん残しておられますので
本当は自分で書きたかったと思います。
事実「ほとんど書き直すつもりやで」とおっしゃっていたので
自分で手をいれないまま本になるのは
実はちょっと、いやかなり、不本意だろうと思います。

だからこそ、ここにこうして草稿をわたしが書いたことを
記したいと思いました。
「なんかちゃうねんなあ……僕が書いたらもっと美しい文章やったで」
って天国で絶対思ってはるし。
だけど「ま、しゃあないな」とも思っておられるでしょう。

この本を仕上げてくださった長男の佑典さんが
「16世当代として初めての窯をたくときに、父の言葉と向合えて良かったです」
とおっしゃってくださいました。
先生の遺作を息子さんが完成させて世に出すというのは
この本のテーマ「つなぐこと」をそのまま体現していて
とても感慨深いです。

もっとわたしに力があったなら
もっと先生と朝日焼の皆さんのお役にたてたかも知れない……
時間的にも内容的にも、これが今のわたしにできるすべてで
本になってしまったらもう諦めるしかありませんが、
忸怩たる思いは消えません。

この苦い後悔をずっと抱いて、これからも書いていこうと思います。
もっといい文章を、もっとスピードをあげて
たくさん、たくさん、書きたいです。

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2016-11-14 | Posted in Blog, おしごとComments Closed 

 

いとへんuniverseのこと

長らくブログが途絶えておりました。

毎日色々なことが起きてあっという間に月日が過ぎ
気づくと翌年の秋になっておりました。
祇園祭の記事を書いたのは昨日のような感覚なのですが……(汗)

理由はただひとつ。
西陣織の職人さんたちとはじめた「いとへんuniverse」の活動が
本格化……というより「激化」したせいです(笑)

いとへんuniverseは去年の11月にクラウドファンディングに挑戦し
無事に目標を達成 。
その資金を元に古い一軒家を借りて工房を構え
オリジナル製品をつくりはじめました。
わたしも工房内の小さな部屋を事務所に使わせてもらっています。

 

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西陣絣という後継者不足が叫ばれる
だけど途方もなく魅力的な織物と
現代人のほとんどが知る機会を失った
手織物の魅力を伝えるのが
いとへんuniverseの目的です。

そのために「つくること」と「つたえること」を両輪に活動しており
わたしは片方の車輪である「伝えること」を担当。
本業であるライターの仕事をするかたわら
公式ウェブサイトやSNSでチームの活動を発信したり
http://itohen-univers.com/
サイト内で「いとへん日記」を発表させてもらったりしています。
http://itohen-univers.com/post-category/itohen-nikki
任意団体ですので、ほぼボランティア。
そのわりに猛烈にハード、かつ本気で取り組んでおりますので
自分たちで「大人の部活」と称しています。

 

絣というのは先染めの糸をずらして模様をつくる織物で
久留米絣や備後絣など日本各地に産地があります。

西陣絣は、12種類ある西陣織の技法のひとつで
着物や帯に使われてきました。
でも正直、華やかな紋織や綴れ織などに押されて
あまり知られていないのが実情。
わたしもメンバーと知り合うまで
西陣絣の存在を全く知りませんでした。

この技術をつなぐためには、色んな人に使ってもらわなければなりません。
そのためにはやはり、魅力的な製品をつくり、伝えていくことが大事。
和装にこだわらず、洋服や小物にも用途を広げなくてはなりません。
西陣絣は自由に柄がつくれますし、モダンなものもたくさんありますので
充分に可能性があると思っています。

これは最初につくった西陣絣「チラチラ」

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こちらはわたしが一番気に入っている「ムラシマ」
という製品です。

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わたしは刺繡や編み物が趣味で、工芸品が大好きだったので
ライフワークとして
「西陣織を取材しよう!」
と決意し、メンバーの職人さんたちと出会いました。
もともと糸が大好きなだけあり
いとへんuniverseでのものづくりは相当に楽しいです。

みんなと活動するなかでわたしが体験した
織物の素晴らしさや面白さ
ものづくりの感動やワクワクすることを綴り
読んでくださる方にも同じように体験していただけたら…と思っています。

そして……最近はどういう状況かといいますと
なんかもうビックリなのですが
いろんな人がいろんな話を持ってきてくださり
年末までにイベントを5回開催し
さらに11月からギャラリーでのグループ展にも参加させていただくことに
なってしまいました。

そしてそんな慌ただしい11月の半ばになんと
工房を引っ越しすることになりました。
1月に入居したばかりなのですが
大家さんが売却されたので
出ることになったのです〜〜〜(涙)

さらにいえば、運悪く自宅マンションの補修工事も11月にスタート。
ベランダに設置している倉庫や植木を片付けなければなりません……!
えらいこっちゃぁぁぁーー。

もちろん本業のライター業もやってるんですよ……それなりに……。

そんなこんなで
同時にやるべきことが怒濤のように押し寄せてきて
ちょっとパニック気味です。

昨夜もいとへんuniverseのイベントの打ち合わせをしていて
気づくと日付が変わっておりました。
そして、うっかり上着を忘れて帰ってきてしまいました。
ありえん。
自覚してる以上に、相当イッパイイッパイのようです……。

2016-11-02 | Posted in Blog, いとへんuniverseComments Closed 

 

祇園祭のちまき

本日、台風直撃のなか、祇園祭の前祭山鉾巡行が決行されました。

どんな天候だろうと
「先祖が続けてきた祭をうちらが途絶えさすなんてありえへん」
という町衆の心意気が伝わってきました。
関わられた皆様、お疲れさまでした。

だいたいこの時期はまだ梅雨があけておらず
宵山や巡行のときに雨が降るのはいつものこと。
とくにここ数年は祭の見物中にゲリラ豪雨に見舞われて
せっかくの浴衣姿も上から下までぬれねずみ、というのもよくある話です。
だけど、台風直撃というのは記憶にない。
地球の環境が本当に変わってしまって、日本の四季も変わってしまうのだなあ…とせつない気持ちになります。

去年、およそ50年ぶりに後祭が復活したことで
今まで一度にやっていた巡行がエリアに別れて17日と24日の2回になりました。
したがって、山鉾が建つのも宵山も屏風祭も前後2回。
とはいえ「巡行=17日」という固定観念が消えず、なかなか慣れません。
京都では「巡行が終わったし、梅雨があけるなあ……」とよく言い合うのですが
後祭のときはさすがに梅雨も終わっていますね。
でもまあ、前祭と後祭の2回あるのが本来の姿で
わたしが異例の50年に慣れ親しんでいただけの話です。

今年は仕事が忙しくて無理かなあ、と思っていたのですが
15日の夜に少しだけ見ることができました。
わたしは20代のころ鉾町に勤めていたので、祇園祭もやはりその辺りを歩くのが好きです。
場所でいうと、室町通や新町通の四条より北側。
年によってまちまちですが、大好きな月鉾、知り合いのいる菊水鉾、鯉山あたりでちまきを買います。
今年も混雑する四条通を避けて、御池通から新町通に入ったところ
なんと衝撃!真っ暗ではありませんか。
そう、このへんは去年から後祭になったのです。
脳内イメージでは山鉾の提灯が転々と並んでる賑やかないつもの新町通が見えていたので
愕然としてしまいました。
去年は初めてなので気をつけてたんですけど
今年はすっかり忘れて、いつも通りに行動してたんですよねえ……。

とりあえず賑やかな場所まで戻り
気持ちを落ち着かせるためたこ焼きを食べてから、函谷鉾、月鉾、菊水鉾を見てまわりました。
そして、山伏山の会所でくぐると厄除けになるという茅(ち)の輪をくぐってお参りし、ちまきを買いました。

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祇園祭のちまきは鉾によってそれぞれ個性があるんです。

山伏山のものは、小さな茅の輪とお守りがついていて
小さな金襴の布地も巻いてありました。
シンプルなのも良いけれど、この盛りだくさんな感じは嬉しいですね。
紙袋のデザインもオシャレ。
同じデザインのてぬぐいも素敵でした。

山伏山は、浄蔵貴所という偉いお坊様が大峰山に修行に入られた姿をご神体にしているそうです。
この浄蔵さん
傾いた八坂の塔を祈祷して元に戻したり(!)
亡くなってしまった実父を祈祷して生き返らせたり(!!)
したのだそう。
「霊力どんだけ〜!!!」(←古い)という感じですね。

会所のおっちゃんが自信たっぷりに
「どんな厄もバッチリ払ってくれはるで〜」
と太鼓判を押してくれはったのも頷けます。

よっしゃ、今年は浄蔵さんにお任せしましょ。

いつも新町通を通っていたので
山伏山を訪れるのは実は初めて。
祇園祭が前後に別れたおかげで、新しい出会いや発見もあるんだなあ、としみじみしています。

 

 

2015-07-17 | Posted in Blog, 京都Comments Closed 

 

宇治の風景

ここのところ仕事でせっせと宇治に通っています。

宇治川の西岸は平等院があって、お店もたくさん並んで賑やか。
観光地の楽しい空気に満ちています。

一方東岸は比較的静かな雰囲気。
古い木々も多く、川がすぐ側を流れていて、しっとりとした風情があります。

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東側には、もうひとつの世界遺産である宇治上神社が鎮座しており
源氏物語ミュージアムや400年続く窯元の朝日焼があります。
宇治上神社から源氏物語ミュージアムまでの道はとくに緑がきれいで
まるで森のなかを歩いているかのよう。
実は、わたしが宇治で一番好きな場所なんです。
森好きの方は世界遺産だけ見て引き返さずに
源氏物語ミュージアムまで歩いてみてくださいね。

毎回みっちりお仕事でどこにも立ち寄れませんが
金曜は宇治橋で夕陽を見ることができました。

7:3はす

7:3

宇治橋には三条大橋のように擬宝珠があります。

毎年8月10日は花火大会があって、以前はこの橋の上に座って眺めたものでした。
(今は座り込み禁止です)

ここのところ大雨による被害も多くて市も頭を悩ませているのでしょう。
去年の花火大会は雨で中止になり、今年も安全対策を徹底するためにお休みするのだそうです。

毎年自転車で河原まででかけて花火見物するのを楽しみにしていたのでとても残念です。
このまま無くなったりせず、復活しますように!

2015-07-05 | Posted in 京都Comments Closed 

 

水無月を食べる日

「6月30日は水無月を食べなければならない!」

そんなふうに思うのは京都の人間だけってことを
神戸の人と結婚するまで知りませんでした。

6月30日になると朝からそわそわ。
うっかり食べ忘れると「ああ、水無月食べてへん!どないしよう!」とモヤモヤします。

この日京都では和菓子屋さんはもちろんのことスーパーのお菓子売場にも水無月が並び
飛ぶように売れていきます。
バレンタインのチョコレートみたい、というと少々いいすぎですが
大事なイベントであるのは間違いありません。

なんでこの日に水無月を食べるのかといいますと
各神社で行なわれる「夏越の祓(なごしのはらえ)」のお菓子だからなんです。

夏越の祓とは、ちょうど一年の折り返しの日に
半年間のケガレを払い、残り半年の無病息災を祈願する神事。
神社には大きな茅の輪(ちのわ)が用意され、そこをくぐると厄払いができます。

一方水無月は、氷に見立てたういろうの上にあずきをちりばめたお菓子。
古来より赤は厄除けの色で、赤い色のあずきにも厄除けの意味がこめられているのだそうです。

定番は白いういろう。
他に抹茶や、黒糖もあります。
どこかのスーパーにはよもぎ味が売られていた、という情報もアリ。
お料理上手な友人は、毎年自分で手作りしはります。

今年は駅前の和菓子屋さんで、抹茶味を買いました。
柏餅はお店によって味が全く違うのですが
水無月はどこで買ってもあまり失敗がないように思います。
そういうところも好ましいお菓子です。

6:30水無月

 

 

 

 

 

 

2015-06-30 | Posted in Blog, 京都Comments Closed